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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(あ)1373号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人徳永正次の上告趣意は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、被告人は、昭和五〇年二月一二日から同年九月一七日までの間に有価証券偽造、同行使、詐欺、窃盗、覚せい剤取締法違反の各公訴事実につき大津地方裁判所に起訴され、最終的には身柄勾留のまま審理をうけ、同年一一月二七日、同裁判所において懲戒三年六月に処する旨の判決の言渡をうけたが、同年一二月二日、右判決に対し控訴の申立をするとともに、同裁判所の保釈許可決定により釈放されたこと、原審においては、昭和五一年四月六日弁護人から量刑不当を理由とする控訴趣意書が差し出されたが、控訴趣意書の差出最終日(同月一二日)前である同月初めころ、被告人は、精神状態に急激な異常を来たし、同月九日、愛知県海部郡甚目寺町所在の好生病院の院長請井武士医師(精神科医)による診察の結果精神分裂病と診断されたこと、そのため、弁護人において、そのころから数回にわたり、原審に対し、右医師の診断書を提出して、公判期日の延期申請をしたり、公判手続の停止を求めたりする一方、被告人自身は、同病院において治療をうけたが、病状が好転せず、結局、右医師の診断結果によると、被告人には、前記当初の診察をうけた当時から、精神分裂病に特有の著明な幻覚、妄想がみられるほか、談話にまとまりがなく、人格水準の著しい低下、無気力、痴呆、判断力不能の症状があり、今後も寛解、治癒の見込のない状況であること、このような状態であつたため、原審においては、弁護人からの公判期日の変更請求をいれて、第一回公判期日を同年九月八日に変更し、次いで、同日の公判期日も被告人、弁護人の出頭がなかつたため変更し、翌昭和五二年四月八日の第二回公判期日において、被告人の出頭がないまま、弁護人及び検察官の弁論をきいたうえ、弁論を終結し、同年六月二九日の公判期日において、被告人が右のような精神状態であることは量刑の面で考慮すべきであるとして、原判決を破棄し、あらためて、被告人を懲役二年に処する旨の判決を言い渡したこと、を認めることができる。

ところで、刑訴法三一四条一項は、第一審の公判手続に関し、被告人が心神喪失の状態にあるときは、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合を除き、公判手続を停止しなければならない旨を定めており、この規定が被告人の訴訟における防禦権を全うさせるうえで基本的な重要性を有するものであり、被告人の防禦権は控訴審においても保障されるべきものであることを考えると、右規定は、同法四〇四条により控訴審の手続にも準用されるものと解するのが相当である。そして、前記医師の診断結果によると、被告人は、原審当時、前記のような重篤な精神異常の状態にあつたもので、これが右法条にいう心神喪失の状態にあたると解すべきことが明らかであるから、原審においては公判手続を停止すべきものであつたといわなければならない。してみると、このような措置に出ることなく、公判手続を進め、前記のとおり有罪判決を言い渡した原審の訴訟手続には、同法四〇四条、三一四条一項の解釈適用を誤つた違法があり、しかも前記の経過に照らすと、この誤りは判決に影響を及ぼすべきものであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

なお、被告人は現在も心神喪失の状態にあることが認められるが、このことは、前記の事由により原判決を破棄するための当審における公判手続の進行を妨げる事由にあたるものではない。

よつて、同法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顯 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

弁譲人徳永正次の上告趣意

原審が、刑事訴訟法第三一四条第一項、第四〇四条に反し、公判手続を停止することなく、判決を言渡したことは違法である。すなわち一件記録中に明かであるように被告人は強度の精神分裂病で、幼児の弁織能力しかないもので、自己に対する裁判の意味については、全く理解する能力のないものである。

刑事訴訟法第三一四条はかかる心神喪失の状態にあるものについては公判手続を停止すべきものと定めているのである。

右規定は同法第三一四条により控訴審にも準用されるところであるから、原審はすべからく、公判手続を停止し、その回復を待つて判決すべきであつた。原審がこれをなさずして、有罪判決をなしたのは、明かに違法である。

かかる心神喪失者に対し、有罪の判決をすることは、著しく正義に反するものであり、同法第四一一条第一号により、原判決は破棄せらるべきものと信ずる。

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